地域に貢献できる存在になりたい

他職種との関わりが現在の活動の原点に

マスカット薬局の安倉さんは、子どもの頃に目にしたテレビや書籍から、医療に携わりたいという思いが芽生え、薬剤師を目指しました。

「昔から、テレビの医療ドキュメンタリーを見るのが好きで、漠然と医療に携わりたいという思いがありました。進路決定のときも、エイズやがんについて書かれた書籍を読んで興味をもち、治療薬の研究をしている大学に進学しました」。

充実した大学生活を送った安倉さんは、大学院への進学か就職かで迷ったものの、先輩のすすめで興味をもった薬局へ就職を決めました。「きっかけがあれば歳をとっても研究はできる。若いうちに薬剤師として患者さんと接して、経験を積めたのはとてもよかった」と当時を振り返る安倉さん。新卒で入社した薬局では、薬剤師としてさまざまな経験を積むことができたといいます。

「店舗数がたくさんあったので、いろいろな店舗に行かせてもらいました。特に医師や看護師など、薬局の中にいても話すことのない他の職種の方々と話し合うことができた経験から、コミュニケーション能力が身についたと感じています」。

患者さんのために、今何ができるか

安倉さんが若手の頃から特に関心をもっていたのが、在宅医療でした。当時の薬剤師の在宅医療は、「医師が往診後に処方した薬を患者さんに届ける」というイメージが強い時代でしたが、安倉さんは常に患者さんのために何ができるかを考え、ベストを尽くすことを大切にしてきました。特に印象に残っているのは、患者さんの他科受診を調整した経験だと話します。

「内科でかかっている患者さんの褥瘡がなかなかよくならなかったとき、『皮膚科の先生に診てもらえたらいいのに』と思っていました。通院は難しい状態だったので、往診をしてくれる皮膚科の先生を探して回ったんです。傷がよくなると患者さんに喜ばれて、とても嬉しかったですね」。

往診を依頼するために、医師へ直接連絡をしたり、ときには飛び込みでクリニックを訪問してみたりと、積極的に活動した安倉さん。当時は薬剤師が薬局の外で仕事をするのは一般的ではなく、さまざまな困難があったといいます。

「アポイントをとっていたのに会ってもらえないこともありました。仕事が増えてしまうので、薬局の他のスタッフがどう思っているのか、というのも正直考えていましたね。そんな中で、上司に『よう頑張ったね』と言ってもらえたのはとても嬉しかったです。一喜一憂した4年間でしたね」。

総合病院の門前薬局での勤務や管理薬剤師としての仕事、さらには在宅医療の分野でも精力的に活動し、薬剤師として着実にステップアップしていった安倉さん。薬剤師として働く中で、「病気になってからの関わりも大切だけれども、病気になる前に薬剤師として役に立ちたい」と感じるようになりました。

そして社会人5年目に参加した地域のイベントで、新たな気づきを得ます。

「参加した方に『ジェネリック医薬品をご存じですか』とお聞きすると、『期限切れの薬を使い回しているんでしょう?』と言われたんです。『期限切れではなく、特許が切れただけですよ』とお伝えしたら、『薬にも特許があるの?』って。患者さんの感覚は私たち薬剤師の当たり前とは全然違うのだなと気づきました」。

この気づきから、安倉さんは薬剤師として地域に貢献できる存在になりたいと、マスカット薬局への転職を決意しました。

地域住民と医療の橋渡し

近隣の病院と薬局の関係づくり

地域貢献のために安倉さんが目指したのは、地域住民と医療の橋渡し。しかし、マスカット薬局に入社してすぐにある課題にぶつかります。

「入社した当時、周囲の薬剤師が医師や病院のスタッフに、とても遠慮している印象を受けました。地域の取組みを始めるためには、まず医師や病院のスタッフとの関係づくりから始めないといけないと感じたのを覚えています」。

安倉さんがまず取り組んだのは、月1回病院の薬局長と面談すること。病院と薬局では環境や制度が大きく異なるため、薬局のことを理解してほしいと考えたのがきっかけでした。また、医局で勉強会を実施するなど、多種多様なアプローチを行い、病院内のさまざまな部署との関係性を構築しました。中でも特に大きな手ごたえを感じたのは、ケアマネジャーとの関わりです。

「当時はケアマネジャーへの情報提供が義務ではありませんでした。でもお薬が飲めていない、残薬が山のようにあるなどの情報は、ケアマネジャーに言っておかないといけないと常々思っていたんです。地域包括支援センターに連絡してみたら、薬剤師は薬を渡して終わりだと思われていたのか、とても驚かれました。そこから逆に情報をもらえることもあり、支援につなげられたかなと感じています」。

認知症の早期発見と医療への橋渡し

マスカット薬局に入社して約5年間、病院や他職種との関係づくりに奮闘した安倉さんは、ついに地域住民と医療の橋渡しに注力し始めます。最初に取り組んだのは、認知症についての試みでした。門前の病院に物忘れ外来ができたことをきっかけに、認知症の患者さんと関わることが増えた安倉さんは、大きな疑問を抱くようになります。

「薬が効いている人と効いていない人では、何が違うんだろうと考えるようになりました。いろいろな理由があるとは思いますが、『早期にお薬を使い始められるか』と『家族や地域の人のサポートが受けられているか』は大きな違いになると考えています。地域の皆さんへの啓発活動を通して、認知症の早期発見のための働きかけが重要だと感じました」。

安倉さんは認知症のスクリーニングに使用する機械を薬局に設置。有効性を確信したのち、地域イベントへの参加に踏み切りました。

「認知症のスクリーニングというと、皆さん怖い検査をされるんじゃないかと思ってしまうので、『脳トレ』や『脳活』という名前をつけて開催しました。特に男性へのアプローチが難しかったですが、運転免許証の更新のときのようなテストなどとあわせて『脳トレ』と名前をつけたのは効果的だったなと思います」。

イベントで重要なのは、認知症についての知識を深めることと、認知症の早期発見、受診勧奨。安倉さんは検査で異常が出た際に相談できるよう、事前に神経内科の医師にも連携を依頼していました。しかし確実に医療につなげていくためには、病院との連携だけでは不十分だといいます。

「認知症の疑いがあるとわかっても、受診できない人や、受診そのものを忘れてしまう人もいます。すぐに受診勧奨をするのではなく、本人に困っていることや最近気づいたことなどを聞き、地域包括支援センターに実態調査を依頼することにしています」。

フレイル予防の取組みで生活を変えるきっかけに

安倉さんが認知症と並んで力を入れている取組みが、骨粗鬆症やフレイルの予防です。フレイルとは、年齢とともに筋力や心身の活力が低下する状態のことで、骨粗鬆症や認知症と大きな関わりがあるといわれています。安倉さんがフレイルに強く関心を抱き始めたのは、2015年に厚生労働省が策定した「患者のための薬局ビジョン」がきっかけでした。

「元々認知症には関心があったのですが、患者のための薬局ビジョンをきっかけに、健康サポート全般について考えるようになりました。例えば、骨折して入院をし、退院したときには認知機能が落ちてしまう、そんな人が多くいます。健康寿命を延ばすためには、フレイルの予防と要介護状態にしないことが大切なのではないかと思うようになりました」。

骨粗鬆症やフレイルも、認知症と同様に早期発見が重要な意味をもつといいます。安倉さんは来局された患者さんと積極的にコミュニケーションをとることで、早期発見につながるように努めています。そのためにもスクリーニング基準を把握しておくことは重要なポイントです。

「例えば体重が急に落ちたとか、何となく元気が出ないとか、不安感があるとか、転びやすくなったとか、スクリーニング基準にあわせてお話を聞くことが大切です。また高齢の方が骨折する前に、転んだら寝たきりになってしまうかもしれないと知っておくことで、意識が大きく変わると思います」。

フレイルの予防で大切なのは、「栄養」、「身体活動」、「社会参加」だといわれています。安倉さんの開催するイベントでは、1時間ほどの体操のほか、管理栄養士の講演を取り入れてフレイルの予防に取り組んでいます。「このイベントが生活を変えるきっかけになれば嬉しいです」と安倉さんからは笑みがこぼれます。

薬剤師が地域医療の中心へ

自身の専門性を高め、頼られる薬剤師を目指す

地域住民と医療の橋渡し役として、最前線で走り続けてきた安倉さん。現在は、岡山県薬剤師会 倉敷支部の理事としても活動し、若手の薬剤師が自信をもって働ける環境づくりに力を入れています。

「よく多職種連携が大切だといわれますが、薬局同士のつながりもとても大切です。1つの薬局がいくら頑張っても、できることには限りがあります。県や市の薬剤師会が住民や他の職種と顔の見える関係をつくるサポートをしていくと良いと思います。お薬手帳や退院情報提供書などで患者情報を受け取る機会も増えましたが、わからないときは電話一本で気軽に聞ける、そういう関係づくりが大事だと思います」。

後進の育成には自分の背中を見せることが大切だと、2022年には博士号も取得しました。

「薬剤師は薬のことはもちろん、薬以外の健康相談にも乗れるし、医療機関を紹介することもできる。地域の便利屋さんとして頼ってほしいです。そして若手の薬剤師には、自分の専門性を高めて頼られる人になってほしいと思っています」。

周囲を巻き込みながら最前線を走り続ける安倉さんの周りには、今日も患者さん、地域の人々、薬剤師、他職種の医療者と、たくさんの人々が集まっています。

(取材実施:2023年8月)
編集:学校法人 医学アカデミー