さまざまな情報、知識をいかして
「人々の人生に入り込む」

薬のことは何でも解決できる薬局

オクツ薬局代表の櫻木さんが地域に密着する薬剤師になりたいと考えたのは、かつて働いていた薬局がきっかけでした。櫻木さんは進路について悩んでいた時、大学で勧められた薬局への就職を決めました。たまたま勧められた薬局でしたが、住み込みで働きながら先輩薬剤師の代理で地域の会合に出かけたり、区の研修会で講演を行ったりと、1年間で多くの経験を積んだことが地域に密着する薬剤師としての原点となりました。
「地域に密着したほうが面白そうだなという感覚はありましたね。もともと父が医師で、往診をするような人でしたから、地域医療的な感覚は知らないうちにあったのかもしれないです」。

地域の薬局にはさまざまな方が訪れるため、広範囲の知識を必要とされることを櫻木さんは実感し、正しい知識をもつことや患者さんからの情報収集を通して人生に入り込んでいくことの大切さに気づきました。
「処方箋を1枚見ただけでも相当な情報がある。有効にいかして、できるだけ患者さんに入り込んでいくというのが必要だと思うんです」。

櫻木さんが薬剤師として目標とするのは、「薬のことは何でも解決する」こと。薬局業務だけでなく、ケアマネジャーとしての活動や、学校薬剤師としての活動、くすり楽修館の運営などを通し、老若男女を問わず地域の方々の人生に入り込んでいます。

専門家になるためには、いくら勉強してもたりない

櫻木さんがオクツ薬局を開業したのは昭和45年(1970年)。医薬分業法は昭和31年(1956年)に制定されましたが、開業当初はまだまだ医師が病院で診察と投薬を行うのが当たり前で、医薬分業は進んでいなかったといいます。

「兄(医師)が医薬分業なんかにも非常に興味をもっていて、薬剤師の仕事をずいぶん理解してくれて、とにかく開業する時から分業にしようと。私も分業についてよく勉強していたので。薬の責任をお医者さんがとっているのでは大変だから、やっぱり薬剤師に任せた方が、との考えで始めました。いい出だしだったと思います」と当時を振り返ります。

分業元年とよばれる昭和49年(1974年)を迎える頃から、医薬分業を肌で感じた櫻木さんは、薬剤師としての専門性をさらに高めてきました。
「薬局薬剤師は薬のプロ。薬のことは何でも聞いてほしい」と薬についてはもちろん、福祉や介護、臨床検査など、さまざまな分野にアンテナを張り、日々学習を続けています。肌身離さず持ち歩いている4冊の手帳には漢方についての知識やケアマネジャーの活動についてなど、いろいろな情報がぎっしりと詰まっています。

過去には病院の検査室長を務めていた櫻木さん。処方箋に検査データを記載するケースも増え、薬剤師が検査データについて理解することの大切さを感じているといいます。実際に薬局を訪れる患者さんの中には、検査データについて医師に遠慮して聞けなかったり、略語について正しく理解できていなかったりする方がたくさんいるため、薬剤師は検査の意味や検査データについても十分に理解し、わかりやすく伝えていく必要があると話します。

「専門家にならないと多職種連携でも役に立たない。医療はどんどん進んでいくし、毎日のように新しい薬が出ちゃう。新しい情報がどんどん入ってくるから、勉強はいくらやってもたりないよね。どうも生涯そんなことをするような気がするね」。

“情報を調剤する”薬剤師

櫻木さんは「幅広い情報を収集し、整理し、活用し、実践していく情報調剤」に取り組み、「薬剤師として患者さんの人生に入り込む」ことを大切にしています。
患者さんの生活を取りまくさまざまな情報(保健・医療・福祉・環境)からアセスメントし、調剤を行う「情報調剤」。処方箋のとおりに調剤を行うだけではなく、実際の患者さんの様子を多方面からしっかりと判断し、一歩踏み込んだ調剤を心がけています。

櫻木さんの情報調剤とは
1. 保健

学習会、生活習慣改善への提案、自己治療の支援

老人会や自治会、学校などでの市民学習会を実施しています。
一無(禁煙)、二少(お酒はほどほどに・食事は腹七分目)、三多(運動はしっかり・休養は十分に・趣味は多くもち多くの人との交流をもとう)の生活習慣について、パネルなどを用いて学習会を行っています。また、くすり楽修館の運営を行い、地域の人々が薬のことや、薬剤師の仕事についても楽しく学べるように支援しています。

2. 医療

幅広い確かな情報の収集・整理・活用、患者さんからの情報収集と服薬指導

薬の正しい使い方について患者さんに伝え、患者さんから情報を収集することで薬を正しく飲めるように支援しています。また、薬剤師として専門性を高め、積極的に他職種と連携を取り合っています。

3. 福祉

ケアマネジャー活動、在宅での薬の説明、介護用品の紹介

薬剤師も福祉に関係する必要があると考え、ケアマネジャーの資格を取得した櫻木さん。実際に患者さんの自宅を訪れ、薬の説明なども行っています。また、介護についての相談にも24時間365日対応しています。

4. 環境

水・空気・食べ物などの環境への積極的な関わり

学校薬剤師として教室や給食室、プールなど、施設内の温度や湿度、照度などの管理をしています。また、環境問題として特に喫煙についての指導に力を入れています。

患者さんのことを深く理解し、安心できる存在に

ケアマネジャーとしても活動する櫻木さんは、在宅患者さんについて「その人が安心できるような人が身近にいれば、安心した生活を送れる。その人を理解した人がどれだけいるかによってずいぶん違ってしまう。薬剤師はそれを理解する人にならなくてはいけない」と語ります。

そんな櫻木さんはかつて、患者さんの最期に寄り添い、弔辞を読んでほしいと頼まれた経験が印象に残っているそうです。「家族が知らないことも、我々は知っているみたいなね、そんな存在に薬剤師はなれるんじゃないかなと思いますね」と、相手をよく知り、よく理解する、常に積極的な姿勢を貫いています。

患者さんをよく知るために行っていることの1つに「自分史づくり」があります。患者さんの生い立ちから現在に至るまでの話を詳しく聞き、年表にして1冊にまとめています。その患者さんがどんなことをしてきたのか、どんなことに興味があるのかを知るきっかけとなり、日々の会話の糸口にもなるといいます。
「みんないろんなことをされているんですよね。興味をもっていろんなことをしている。ただ、自分で忘れてしまっていたり、人に言える特別なことじゃないと思っていたりとかね。それを引きだしてあげることが必要」。

地域に密着し、薬剤師の職能を広めていく

くすり楽修館を通じて薬剤師をもっと知ってほしい

オクツ薬局にはくすり楽修館が隣接しています。“楽修”という漢字には、「薬のことを学習するというよりも、楽しくわかりやすく知ってほしい」という櫻木さんの思いが込められています。くすり楽修館には薬の歴史や正しい飲み方、薬剤師の仕事体験コーナーなど、魅力的な展示が盛りだくさんです。

さらに、薬局に残されていた昔の小田原や箱根の写真をはじめとした郷土史の資料、東洋医学の貴重な資料なども豊富に展示しています。
「お医者さんたちが東洋医学の勉強なんかをしようというときに必要な資料はほとんどあるんですよ。子供からお医者さんまで来てほしい。地域の郷土史としてもずいぶん入り込んでいるので」と櫻木さんは話します。

くすり楽修館では地域の歴史も学べることによって、地域の人々が薬や薬剤師の仕事に親しみをもつ足がかりとなっています。

また、櫻木さんは老人会や自治会での学習会にも力を入れており、自作のパネルやスライドなどを使用して地域の人々への教育も行っています。特に、オクツ薬局は「あしがらタバコと健康を考える会」の中核として活動しており、知識を人々に伝えるだけでなく、地域の人々や他職種とのつながりの場ともなっています。

薬剤師として、地域にどんどん関わっていきたい

薬局を飛び出して活動している櫻木さんは、地域の子供たちの成長にも関わっています。中でも学校薬剤師としての活動は、地域全体の健康づくりに影響しているそうです。

学校薬剤師は一般的に、薬品類の使用・保管など学校薬事衛生に関する仕事に加え、換気・採光・照明などの学校環境衛生に関する仕事、健康相談や保健指導なども行っていますが、櫻木さんは学生と直接関わり、喫煙や薬物の問題についても向き合っています。
「卒業後も今どうしてるとか、そんなことを連絡してくる学生さんもいます」と話す櫻木さん。小学校から高校まで幅広く活動していますが、年齢や学校によって、起こる問題や関わり方も異なってくるといいます。特に小学生向けに行う喫煙に関する学習会は、結果的にはその家族を巻き込むきっかけとなり、地域に密着できるよい機会となっているそうです。

さらに、櫻木さんが学習会を続ける理由として、医療や薬学の知識を伝えるだけにとどまらず、薬剤師の職能をもっと知ってほしいという思いも強く影響しています。なぜなら、薬剤師は世の中の人々が想像する何倍も幅広い職能をもち、人々にとって身近な職業であることをもっと知ってほしいと考えているからです。
「薬剤師が仕事をしているのを患者さんは見ているし、見せる調剤をしよう、見せる薬剤師をしよう、もっと薬剤師を皆さんに見てほしいというような感覚をもって仕事をしています」。

今後の薬剤師に求めること

薬剤師はコミュニケーションのプロになってほしい

「お医者さんに話せないこと、そんなことも薬剤師だったら話せるとか。薬剤師って、子供からお年寄りまでずいぶんいろんな人に接しているし、病気の人にも健康な人にも接している。成長もわかるから、地域に密着できている」と語る櫻木さん。薬剤師は地域のことがよくわかる職種であるからこそ、多職種連携の要になってほしいと話します。

「薬剤師のやることは本当に幅広くて奥深い。薬剤師の役割ってまだあるような気がして。1人だけの薬剤師じゃとてもできない。みんなが専門家にならないと多職種で役に立たない。新しい情報をできるだけみんなもっていかないといけないと思うんです」。

櫻木さんは多くの薬剤師にコミュニケーションのプロになってほしいと強く願っています。薬剤師は患者さんに信頼をおかれる存在になるだけでなく、地域のコミュニティや患者さんの家族、多職種連携の場など、人と人との関わりでの中心となり得ます。コロナ禍で周囲との結びつきが薄れてしまった世の中で、地域に根差した薬剤師や薬局の存在はますます大きな価値をもつのかもしれません。

(取材実施:2022年6月)
編集:学校法人 医学アカデミー