つらい患者さんに笑顔で接し、
笑ってもらうために

“間のところ”に寄り添う薬剤師

株式会社すまいる代表取締役の播川さんの前職は、緩和ケアに使用される薬剤のMR。時代の変遷とともに、薬剤師の立場から緩和ケアに携わる想いを強めていったといいます。そして2015年、緩和ケア在宅医療への志を同じくする薬剤師Mさんと共に薬局を立ち上げました。

経営する系列3局の中でも、かもめ薬局が応需する在宅医療の約7割が緩和ケアを受ける末期がん患者です。兵庫県では早くから在宅医療を取り組み始めた医師が多く、自宅で最期を迎える方の割合が全国平均を上回っています。在宅看取り率で主要都市をリードする神戸市において、終末期訪問診療を専門とする医師からの大きな期待を背負って生まれたのが、このかもめ薬局でした。

播川さんは、同志であるMさんの緩和ケア参画への想いを常々聞いていました。
「調剤薬局の薬剤師をずっとやっていて、仲良かった患者さんがおった。最初は奥さんご本人が来て抗がん剤を出してたのが、ご主人と2人で来るようになって。すごく仲がいい夫婦で、一生懸命にいろんな薬の話をしとった。自分の中ではかかりつけ薬剤師のような気持ちでしっかりやっているつもりやったけど、その方が突然来られんようになって。まったく見かけなくなってどうしたんかなと気にかけてたら、次に来たときはご主人と娘さんと息子さんが3人で泣きながら入ってきて、『亡くなりました、お世話になりました』と。
自分としては十分やっていたと思ってたけど、その患者さんの最期のつらかった時期に何もできなかったのは嫌やった。病院に行けなくなって亡くなるまでの“間のところ”の、いちばんつらいときに寄り添いたい」。

苦しそうな患者さんに笑顔で接するのはたやすいことではありません。「患者さんからしたら、『自分は痛いのになんで笑ってるんだ!?』という話ですからね。でも、寄り添っているうちに笑えたらいいと思う」と語る播川さん。そして、「つらくてしかめっ面になっている患者さんをちょっとでも笑顔にしたい」と言うMさんの想いが重なって、会社は「すまいる」と名付けられました。

在宅医療とは「その人らしく暮らせる」お手伝い

仲良しのがん患者さんの最期に何もできなかったことでMさんの人生が変わったのは、17~18年前のこと。「薬局薬剤師はみんな、来なくなった患者さんのことを気にして『あぁ…』と思ってるんじゃないでしょうか。でも、日々の仕事に流されて忘れていく。自分はたまたま心に残る患者さんに出会えてラッキーやった」と振り返ります。

モヤモヤと悩んだ末、Mさんは行動を起こしました。まだ訪問点数もつくかつかないかの時期に、在宅医療への参画を願い出たのです。当時、診療の合間にお宅まで患者さんを診に行っていた医師のもとへ何度も通って、「薬剤師として薬の管理に入らせてほしい」と頼みこんだのだと言います。

止められない熱意で在宅医療の現場への扉をこじ開けると、ケアマネジャーとの関係を築いて訪問の機会を得たり、知り合いの医師が在宅を始めると聞くとチームへの参加を志願したりと、仕事の場を広げていったMさん。その地道な取り組みの中で末期がん在宅医療専門の医師と出逢い、緩和ケアの専門性を高めてきました。

長年の緩和ケア経験から編み出したMさんの仕事の流儀は、「医師に同行しない」こと。医師が診察して処方した情報を共有し、その翌日などに訪問して、患者さんの状態の変化を観察しながら、今回の痛み止めの量が前回の量の効果とどう違うのかを見ることが基本です。

「痛みのケアをしながらだと、食べること、眠ること、排せつとかの“簡単”なことが、実は難しいんですよ。せっかく家に帰っているんだから、それができる時間をとれるように、痛み止めの量を先生とみていく。そして、その人がその人らしく暮らせるように、『この薬を飲むとこうなるから、この時間帯はゆっくりして、こういうふうに生活したらいいよ』っていうふうに、薬をちゃんと使えるように説明します」(Mさん)。

在宅医療への移行や緩和ケア在宅医の増加などで自宅での看取りが増えている一方、ホスピスの増加もあって、終末期医療の選択肢が増えています。Mさんは両者を「病院は無機質な環境で“亡くなっていく状態”をケアする」、「在宅では、ケアを受けつつその人が日常生活を送りながら最期を迎える」と表現。「患者さんがその人らしく、毎日してきたことをできるようにするお手伝い」に心を砕いています。

地域の患者さん、医師、薬剤師の信頼と笑顔をつないでいく

「麻薬は何でも揃っている」という信頼

終末期医療に主眼をおいて、「麻薬を扱い、休日も対応できる薬局」をめざして開局したかもめ薬局。現在は薬剤師会のサイトで確認できるようになっている麻薬の取り扱い有無に関する情報が開局当時はなく、医師も麻薬を処方する際に困っていました。そのニーズに応えるため、「麻薬は何でも揃っている」在庫状況を維持しています。

播川さんは、「我々は『あの薬局に頼めば何でもあるよ』という状態にしておかなくてはなりません。麻薬の種類の変更も柔軟に応需でき、どんな患者さんにも対応できるので、先生が信頼して任せてくださるのかなと思います」と語り、医師から使用の希望があった新薬は発売日に仕入れるよう徹底。そのぶん、使用期限が近い薬についても情報を共有し、可能な限り優先して使ってもらう体制があるのだそうです。

「医師から、薬剤師は看護師とは違う観点から麻薬のアセスメントができると重宝されている」という播川さんの言葉からも、かもめ薬局が緩和ケアにおける薬剤師の存在意義を最大限に発揮していることがうかがい知れます。

患者さんに名前を呼んでもらえる心の距離まで近づけたら…

今や、独自の仕事スタイルを確立しているMさんも、最初から緩和ケア在宅のスペシャリストだったわけではありません。「在宅を始めて1~2年は何もできなかった」と述懐します。
薬のことはわかっても、どう使ってあげたらいいのか、どう説明してあげたらいいのかがわからないまま、患者さんの家を訪問。医師や看護師は薬だけでなく心のケアまでしていると感じ、何もわからない自分と比較して圧倒される日々でした。自分なりの「自己満足のような投薬」をして帰ってくるものの、「雲をつかむよう」で手ごたえが感じられず、無力感にさいなまれました。患者さんが亡くなると「自分は何ができているのやろ」と泣きながら、それでも緩和ケアに向き合い続けてきたのです。

「患者さんに寄り添うのは難しいです。ひとりの医療者として患者さんと関われるようになって、納得できる寄り添い方ができるまで、かなり時間がかかります。だからみんな、なかなか入り込めないんでしょうね。だけど、僕は関わってきてよかったなと思っています」(Mさん)。

今でも、患者さんを見送るのは悲しく、顔を見に行ったら涙は出る。けれど「あまり泣かなくなった」Mさんを支えているのは、当初はもてなかった「寄り添えた」感覚。「『人生の最期の時期にMさんと出逢えてよかった』と名前を言ってもらえるような仕事をする」という怠らない努力が、この矜持を支えています。

「薬の説明はせいぜい10分。あとはその人の生活とか悩みとか、先生に言えなかったこととかをひたすら傾聴する。で、一緒に一生懸命考えて『じゃあこうしてみようか』と、その人らしく生きられるように話す。最近は、患者さんに『入ってもらって良かった』と言ってもらえるようになっています。亡くなられても、そうやって少しでも寄り添えた感覚を自分の心に残して、次の患者さんに向かう力に変えます。うちの薬剤師は、みんなそうやってくれていると思います」(Mさん)。

病院薬剤師さんにも伝えたい「患者さんへの関わり」

緩和ケア在宅の信頼と実績あるかもめ薬局では、2021年から薬薬連携で近隣の病院からのレジデントの受け入れを始めました。Mさんの指導は一貫した、現場・実務主義。患者さんの背景を説明して訪問に同行し、まる4日間、実際の業務を一緒に経験してもらっています。これまでに実習を終えたレジデントからは「来て良かった」と好評で、希望者が続いていますが、この仕事を理解してもらう難しさを感じるのだそうです。

「在宅医療は、実際に行かんとだめ。行けばなんらかはつかむものがあると思うんですけどね。でも、専門的なスキルが高い大病院の主任クラスの人でも、在宅の緩和医療は何をやってるのか全然わからんと思います。僕もわからんかったから。レジデントの期間は短すぎるので、もうちょっとやってみてもらえたらなぁと思いますね」(Mさん)。

末期がんの患者さんに使える薬は限られていて、できるケアにも限りがあります。しかしながら、「病院でやっている緩和の仕事と在宅医療でしている仕事は、まったく違う」とMさんは繰り返します。そのいちばんの違いは何なのでしょうか? Mさんは、「患者さんが病院で強いられている生活と家で実際にしている生活の違いを薬剤師がくみとって、知識を活かして深く関わっていくかどうか」という多くの薬剤師がつかみきれない核心をつきながらも、「その部分だけ」なのだと付け加えました。

緩和ケア在宅薬剤師の仕事には小さくて大きな違いがある――Mさんは、経験から得た知見を伝えていこうと、若い薬剤師や進路に迷う薬学生まで広くレジデントを受け入れることに意欲的です。播川さんがマネジメント面からそれを支えます。
そんな父親たちの背中を見て、両氏の息子さん、娘さんも薬剤師への道を歩み始めているのだといいます。「いちばんつらいときに寄り添う」こころは世代を超え、患者さんへ、医師へ、薬剤師へと、神戸の街から笑顔の輪を大きく広げていくのでしょう。

(取材実施:2021年11月)
編集:学校法人 医学アカデミー