かかりつけ薬局を作り上げているのは
簡単なようで難しい“あたりまえ”の積みかさね

安井さんの薬局では来局者にドアを開けてお迎えし、帰りの際も必ずお見送りします。患者さん同士が挨拶しあう温かく居心地のよい空間で、服薬指導は常に座って行われ、スタッフは待合室で腰かけている患者さんと目線を揃えて話します。これらすべてはルールではなく、ごく自然に“あたりまえ”のこととして行われています。

2020年冬現在、新型コロナウイルス対策の影響でいわゆる0410通知が発出され、改正薬機法施行も相まってオンライン服薬指導がひとつのトピックスになっています。安井さんにお考えを伺うと、「懸念点がある方へ電話で確認したり、不安なことがあれば必ず電話してくださいといった案内は以前から続けてきたことです」と説明いただきました。

制度が変更されてからでも、「かかりつけ薬剤師の業務」だから取り組んでいるのでもなく、患者さんのためにできることを実行してきた安井さんにとって、電話対応はあたりまえの日常。こうした“あたりまえ”の積みかさねが安井さんの「かかりつけ薬局」を形づくっています。

「薬を渡す」から「情報を提供する」業務への変化

安井さんの“あたりまえ”はいつ、どのように始まったのでしょうか。
時は、介護保険制度が始まった2000年にさかのぼります。医薬分業率の全国平均は39.5%に達していましたが、京都府はわずか19.1%にとどまっていました。当時の安井さんは、生まれ育った医薬分業が進んでいるとはいえないその京都で転職活動をしていました。

ある薬局経営者と面談した際、「薬局が今後、患者さんに薬を渡す場所から情報を提供する場所に変わりゆく」と熱心な説明を受けた安井さんは、当時勤めていた病院の仕事との間に大きな違いを見出すことになります。大学卒業後、勤めていた病院では入院中の服薬指導などが始まりつつあったものの、外来業務は「お名前を呼んで薬を渡す」に等しい内容でした。

「経営者の方に、これからの薬局は“薬を渡す業務”から“情報を提供する業務”に変わると伺い、衝撃を受けました。病院と異なり、入院患者だけでなくいろいろな人にかかわり、情報提供をして地域に寄り添い支えるという薬局の仕事には、本当にやりがいを感じました(安井さん)」

情報提供のため欠かせないのは
患者さん/ユーザー目線の「信頼関係」

「薬」を渡す業務から「情報」を渡す業務に移行するため必要なものは何か? 安井さんは何より患者さん/ユーザー目線でニーズを把握すること、そのためにはご本人がつらさや苦しみを話そうと思えるだけの信頼関係が必要だと考えました。

安井さんには幼少時代から薬を必要とする持病があり、自身の中には常に「患者目線」がありました。
「薬剤師が情報提供したい、そのためにニーズを教えてほしいと思っても、クリニックや病院でたくさん話したあと薬局で同じ話を繰り返すのを想像し、自分だったらと思うと気が進みませんでした。そこで、どんな薬剤師なら話したいかと考え、いろいろな取組みを始めました(安井さん)」

病院と比べ、患者さんと話す時間が短い薬局で信頼関係を構築するためには、来局時の短い時間の積みかさねが重要になります。1回1回の患者さんとの時間を大切にし続ける努力が安井さんの“あたりまえ”となり、かかりつけ薬局づくりのスタートとなりました。

かかりつけ薬剤師としての原点となった先輩薬剤師

信頼関係の構築に必要なのは人間性でしょうか、それとも専門性でしょうか? 安井さんは双方ともに欠かせないとした上で、かかりつけ薬剤師としての原点になったというある先輩のエピソードをあげました。

薬局薬剤師として新たなスタートを切った安井さん。当初は愛想よく親切で、礼儀正しい対応を心掛けていました。心を開いて悩みや相談ごとを話してくれるようになった患者さんもいらっしゃり、ある程度の手ごたえや満足感を感じていたそうです。

変化のきっかけは、会社から命じられたある店舗へ出向でした。応需する処方箋が少ないにもかかわらず、常に人員不足と報告されていたその店舗に出向いた安井さんが目にしたのは、時に20分以上患者さんと話し込む管理薬剤師の先輩の姿でした。

「若気の至りで、これ見よがしに調剤室で手早く黙々と仕事をこなしたりしていました」と当時を振り返る安井さんでしたが、次第に注意深く薬局内を見るようになりました。処方箋を持たず、ゆっくりとした空気に満ちた薬局に訪れては話をして帰る方や、お弁当を持って来てお昼を食べる方と接する先輩薬剤師の姿に、安井さんは「かかりつけに本当に必要なもの」について考えるようになりました。

例えば患者さんが薬を飲まないとき。『飲まないとダメ』ではなく『どうしたら飲めるのか』と考え、生活背景に沿って「朝晩薬局の前を通られるとき、ついでに飲んでいただこう」といった方策を薬局スタッフとともに考えるような先輩には多くのファンがいました。
門前の病院の閉院に伴い薬局も閉局に至りましたが、「閉めないでほしい」というお願いは後を絶たなかったといいます。閉局が決まってからも薬局を訪れたり電話をかけていただいたりといった患者さんからの挨拶が続き、先輩薬剤師の移転先をかかりつけ薬局にした方も一人ふたりではないことに、安井さんは改めて感銘を受けました。

見よう見まねで先輩の背中を追いかけるようになった安井さんの、患者さんとの関係は見違えるほど密になりました。
「私が変わるきっかけになった先輩のコミュニケーションはただ時間をかけるのではなく、相手の求めていることをしっかりと捉えた上での対応でした」と安井さんは話します。
「先輩こそ『真のかかりつけ薬剤師』だと思います。薬剤師は苦しみや困っている『何か』を軽減する職種だと改めて学びました。そのため必要なのはまずユーザー目線。そして人間性と、信頼関係のもと把握したニーズに対応するための専門性です(安井さん)」

セルフメディケーションにおける
保険薬局ならではのOTC、食品、サプリメント活用

安井さんの薬局には所狭しと飴や健康食品、サプリメントやアロマオイルなど医療用医薬品以外に取り扱っている製品が並び、少なくない来局者が購入されています。
安井さんの目的は「販売」ありきではありません。これらの製品を取り扱う目的はかかりつけ薬局としての「ユーザー目線の信頼関係構築」です。

保険薬局における患者さんとの関係は、まず処方箋が第一歩です。そこから信頼関係を構築していくためにこれらのアイテムを活用しているとのこと。
「薬局に置いている商品、商品を置いておくと会話のきっかけになるんですね。そこから患者さんのお話やご家族、身の回りについて話すようになります(安井さん)」

そのため、取り扱う製品を選ぶ基準は「自分だったら」という観点で、メディアで話題になったり近隣で入手しにくいといった地域性や来局者の背景を考えて設定しています。

販売目的ではない製品の取扱いが、結果的には、患者さんとの信頼関係の始まりとなり、保険薬局ならではのセルフメディケーション推進につながる一例といえます。

かかりつけ薬局「最前線」
他職種へのヨコ展開・後進へのタテ展開

安井さんは現在、埼玉県に訪問看護ステーションを立ち上げ、運営しています。きっかけは、薬剤師として働く中で看護師からたくさんのことを学んだ経験です。

「かかりつけ薬剤師の原点として紹介した先輩は看護師の免許ももっていましたし、看護師のケアマネジャーがいる店舗にも勤めました。薬剤師にはない視点で医療そのものや患者さんありきの考え方などに多岐にわたりいろいろなことを教えてもらいました(安井さん)」

自身の経験から、薬剤師には看護師とともに働ける環境が必要と実感した安井さんは訪問看護ステーションを立ち上げる決意をしました。

患者さんだけでなく地域全体を「ユーザー目線」で把握

訪問看護ステーション立ち上げにあたっても安井さんはやはり、まずユーザー目線で「地域の人々が本当に必要としているもの」を把握することから始めました。
薬局を経営している山形県は高齢化がピークを越え、医療・介護サービスの利用者が今後大きく増加する見込みはありません。一方で看護師をはじめとする医療者は不足しており、人材確保は難航することが予想されました。

患者さんにとってはサービスが飽和しており、医療機関にとっては限られた人材を奪い合うことになりかねない――このように山形県の現状を捉え、地域にこだわりなく全国に視野を広げた結果、訪問看護ステーションの設立場所として、全国で1位2位を争う高齢者の増加率と大きな医療機関が複数存在する埼玉県を選びました。

「かかりつけ」は地域性を越えていく

薬局内で飛び交う山形弁に、安井さんの標準語が溶け込んでいます。
「方言はすごく大事なコミュニケーションです。私自身、山形弁がわからなかったことがありますし。でも逆に武器にすることもできます。標準語だからこそ興味をもってくれたり、わからないんですと教えてもらうところから対話が始まったり(安井さん)」
京都の観光話で会話に花が咲くこともあるといいます。

また、例えば新型コロナウイルス感染症対策なら、山形のご年配の方は多くがスマートフォンやパソコンをもっていません。安井さんは「情報伝達のスピードが遅いため、東京だと知るのに困らないようなマスクのつけ方などを細かく説明したりしました」と地域性に基づく情報提供を例にあげます。

一方で、求められるなら日本全国、海外でもこだわらないという考えのもと、京都を故郷として山形で活動を続け、埼玉に訪問看護ステーションを展開することについては、どんな人も同じ人間ですと笑い、必要とされる場所で必要とされるものを提供していく姿勢を貫いてきました。徹底した「ユーザー目線」が地域性を越え、地域性を活用していることが伝わります。

後身の育成が実った「薬育ラボ」
セルフメディケーション推進に役立つ体験型学習を全国で展開

安井さんには、薬剤師の職能をどのように活用できるか模索し、学生時代から活動を続けてきた後輩がいます。陰になり日向になり、安井さんも背中を押してきたなか、2020年秋、NPO法人が立ち上がることとなりました。
今後は「日本薬育研究会(薬育ラボ)」として会員を募集しつつ、医薬品の適正使用推進を目的とした活動を強化していくことになります。

特徴的な活動のひとつに「天秤」を用いた子どもへの体験型学習があげられます。「病気の重さ」と「薬の量」を天秤で測って薬の正しい使い方について考える内容で、目的はセルフメディケーションの土台となる薬の適正使用について学ぶこと。

「子どもに対する教育は薬物乱用防止などがありますが、まず必要なのは『正しい使い方』だと思っています」と安井さんはその目的を説明します。
小さいころから適正使用について学べば大人になっても自然に正しく薬を使うことができるという考えから、安井さんは体験型学習を推進しています。

「薬剤師の後身というより、セルフメディケーションを進めていく後身を育てています」と話す安井さん。誰も医療のお世話になりたいと思う人はいないですよねと笑い、「自分のことは自分で守れる」ユーザー目線のニーズを叶えるために、薬育ラボがあることを強調します。
現在、全国で体験型学習が実施可能な体制を整備しており、地域を越えたセルフメディケーション推進の輪が広がろうとしています。

(取材実施:2020年11月)
編集:学校法人 医学アカデミー