Vol.1

多職種連携から地域包括ケアシステムへ。
ICTをフル活用した在宅医療からの挑戦
医療法人ナカノ会理事長
中野一司先生
長年、365日24時間体制の在宅医療を提供し、
多職種連携、地域医療連携システムの構築に尽力されてきた
医療法人ナカノ会理事長 中野一司先生にお聞きしました。
中野一司先生
活動の根底にある哲学
キュアとケアを認識し、自己、他者、社会の関係を見つめたナカノ理論
中野一司先生は、「ナカノ理論」と称する新しい医療概念を提唱している。それは“苦しみの構造”を説いた村田理論を発展させたものである。“苦しみの構造”は、その人の『客観的状況』と『主観的な想い、願い、価値観』のズレから苦しみが生じるというもので、このズレを小さくすると苦しみは緩和し、ズレを小さくするためには、①客観的状況を変える②主観的な想い、願い、価値観を変えるの二つのアプローチがあると説く。医療においては、①は病気を治療するキュア、②は客観的状況を変えるのが困難(例えば末期がん、難病など)な場合でも主観的な考えを客観的状況に沿うように変化させて苦しみを緩和する方法で、②のための対人援助をケアと定義している。中野先生は、開業9年目に村田理論を学び、キュア志向の病院医療、ケア志向の在宅医療、二つの文化の違いを提唱し、医療における問題点、在宅医療では何が優先されるべきかを考察し続けている。
ナカノ理論と村田理論の違い、ナカノ理論のキーワードをお教えください。
村田久行(1998)『改訂増補 ケアの思想と対人援助』(文献3)p.45を参考

村田久行(1998)『改訂増補 ケアの思想と対人援助』(文献3)p.45を参考

「自殺はキュアか、ケアか」。ナカノ理論では、自殺は「死ぬ」という行為で現実を変えるのだからセルフキュアになるのですが、村田理論は、対人援助をベースとするのでその範疇に入りません。私はより広義に、現実(客観)を変えようとするのがキュア、心の在りよう(主観)を変えるのがケアと捉え、自己(一人称)、他者(二人称)、社会(三人称)にまで発展させました。「青年よ、大志を抱け」の大志を抱き(高い理想を持ち)、その理想にそって自己を変える(成長させる)のはセルフキュアになります。一方、現実(客観)を受け止め、心の在りよう(主観)を変える、つまり「足るを知る」「自己受容」が、セルフケアです。

「ナカノ理論」のキーワードは寛容です。今の自分を認める(一人称のケア)ことができれば、他者との違いが受け入れられ(二人称のケア)、それが社会を変える(三人称のキュア)ことにつながると考えます。三人称のケアは、社会への順応を強要されることと捉えていますので、ケアとキュアの関係は、一人称と二人称(個人の関係)では一致しますが、三人称(社会との関係)では逆転することになります。
村田久行(1998)『改訂増補 ケアの思想と対人援助』(文献3)p.45を参考

村田久行(1998)『改訂増補 ケアの思想と対人援助』(文献3)p.45を参考

ナカノ理論の視点で医療現場を考えるとどうなりますか。
病院は原則、治療を行うところですからキュア志向であるのは当然です。一方在宅医療は、患者さんの生活とともにある医療ですからケア志向になります。この文化の違いを理解し、医療を実践していくことがとても重要だと思います。もちろん、在宅医療においてキュアも行われますし、キュアが必要なければ医師は不要でしょう。自分たちが提供しているのはキュアかケアか、今どちらを優先すべきか、それを意識することが大切なのです。

例えば90歳を過ぎて容体が悪くなった場合、急性期病院に入院するも治療むなしく亡くなるか、家で静かに看取られるか。いつかは訪れる死をいつ、どのように受け入れるかという問題だと思いますが、実際は、患者側、特にご家族にキュア志向が強い場合も見受けられます。また患者さんの中には末期がんの方が少なくありませんが、私は最も厳しい状況に陥った場合も想定し、私たちのケアによって、安らかに自宅で死を迎えることが可能であることをお話します。「死ぬ時は意識がなくなってくるので苦しくない」ということを伝えることは、患者さん本人の不安や痛みを取るためのケアであるとともに、一緒に苦しむご家族に対する究極のケアであると考えています。結果として、約9割の方を家で看取らせていただいており、1人暮らしの方もご本人が望めば100%、看取りまで実施できます。
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